ふむふむ その8

新しいアプローチへの模索

政治学研究におけるネオ・リアリズムの登場。

彼の主張は政治哲学の演繹的推論や人間は自己の経済的利益を合理的に追求していくという古典的な経済理論からは人間の複雑な政治行動を解明することなど期待出来ないという点にあった。

そのために人間の本性について出来るだけ多くの関連ある測定可能な事実を発見し、それらをすべて政治上の推理に活用出来るよう努力しなければならないと考えた。

もちろん、G.Wallasの心理学への過剰期待と粗雑な方法論は批判されるかもしれません。

しかし、政治過程の理解は個人が政治状況の中で実際どのように行動するかを研究することによってはじめて可能になるという彼が残こしたメッセージの意義はその欠点を差し引いたとしてもなおかつ高く評価されてしかるべきでしょう、「偉大だがあまりにも賞賛を受けることの少なかった人」という事態は絶対に撤回されるべきである。

新しいもの古いもの

自然としての人間の衰弱、それをどうやって取り止めるかということが大事かもしれません。

それには中年の団結というようなものが必要なんじゃないかと思いますね。

戦中、戦後のエコロジカルな生活をまだ知っているわれわれの世代の人間が、いまの若者の生活にどんどん押されている。

はやりというものに対して私たちは少しコンプレックスを持ちすぎているのではないか。

若者に対して自信を失いすぎているのではないかと思うんです。

だいたい物を大事にするというのは、私にとっては当たり前のことなんですね。

何でも使える限りは使う。

ところが、こどもたちにとっては、むしろ物はどんどん捨てるのが当たり前になっているわけです。

そう。リサイクルです。

リサイクルトナーなんて分かりやすいリサイクル方法ですよ。

電話してトナーを頼み、使い終わったらまた業者に連絡して、容器だけ渡して中身を入れてまた持ってきてもらう。

業者は手間がかかりますが、ユーザーにとっては待てばいいだけなので楽ちんです。

ふむふむ その7

新しいアプローチへの模索

政治行動論登場の序曲としてGraham WallasとArthur Belltleyに言及しておく必要があります。

彼らはインフオーマルな政治過程を重視し、政治制度の強調をその不毛性を鋭くとらえ拒否し、社会学、心理学などの研究成果を貧欲に吸収し、新しい経験主義的政治研究を指向した。

政治学研究の転換期のシンボルであると言っても過言ではありません。

実際政治の経験を持つイギリスの政治社会学者G.WallasはJeanG.Tardo、Gustave Le Bonなどの社会心理学を基礎に1908年にHuman Na-turein Politicsを発表し社会心理学的考察の必要を提言した。

理性と自己利益とによって人間行動が指導されるとは限らないという意味で人間を合理的動物と定義することに疑義を揺んだ。

ふむふむ その6

行動論アプローチ

近年、政治学内部に新しいアプローチが登場し発展してきました。

一般に行動論Behavioralismと呼ばれるこのオリエンテイションは1950年代に登場し、次第に大きな地歩を獲得し、今日では研究者間で広く市民権を認知されるに至っています。

これは政治分析の焦点を大きな政治単位から個人に移行させ、科学的方法を政治学に導入し、データの収集、分析をより厳格・正確に行ない、諸個人の相互作用のパターンや相互関係を明らかにしようとするアプローチです。

行動論が今後、20世紀政治学の最大の知的産物として位置付けられるか否かは予想の域を出ないが19世紀末に始まった人間行動の経験的・体系的・科学的研究への努力が今定着しつつあることは否定出来ません。

その意味で20世紀は行動科学の誕生期として歴史に印されることは確実のようです。

ふむふむ その5

科学理性ではなく哲学から生まれた情熱こそが改革的行動や殉教者的行動を駆り立てるのであってその逆であると考えることは研究室の机上で作成した理論に固執し現実とのギャヅプが出てもそれを無視し一切の修正・補強を試みようとしない頑迷な保守主義に劣らず馬鹿げていると言わねばならない。

「政治理論の講座は、単なる政治哲学の教室に止まってはなりません。

遺憾ながら政治には、美辞麗句や、迷信や、いわゆる"大言壮語"や、ベンサムのいう"紙上の胞降"がふんだんにつきまとう。

"自由"とか"権力"に関する抽象的論議は、大部分は定義を伴わない空虚なおしゃべりで、時間の浪費です。

そういう雄弁を聞くとき、まるで2人の酔っぱらいが話しているのを聞く思いがする」というGeorgeCatlinの指摘はそれでもなお銘記されるべきでしょう。


ふむふむ その4

何よりも政治学の応用価値が問われている時代に伝統的な政治理論が政治学の主流として復権すべきであると主張することは冒険すぎかもしれません。

しかし、次のような利点を持っています。

先ず第1に、政治研究の情熱を駆り立て、研究により広大な世界を提供してくれます。

第2に、政治研究上最低限度必要とされる研究者間のコミュニケーション・メディアを与えてくれます。

研究者用語の大半は政治哲学の遺産であり、これに対する無知はコミュニケーショソからの孤立を意味する。

第3に、偉大な政治哲学は現実政治のメカニズムを理解する上で不可欠の指導原理と目的に関する多くの情報を与えてくれます。

JohnLockeを抜きにして名誉革命を、KarlMarxの哲学を抜きにしてソ連の政治メカニズムを研究することは困難です。

第4に、民族国家建設過程、国際平和の維持過程の主たる動力として政治哲学が大きな貢献をしているということも忘れてはならないでしょう。

ふむふむ その3

研究者の多くが依然として立法部、行政部、官僚機構、司法部、地方自治などの国家の政治制度の記述に少なからぬ精力を集中し、このような研究から貴重な洞察を現に抽き出しているという事実が何よりもこのことを例証している。

政治哲学の遺産についての評価にも言及しておく必要があります。

現代政治学の基礎に横たわっている経験的要素を見逃し、道徳的原理や規範的原理を過度に強調する政治哲学は現実政治にとってはまったく有意性を持たないと主張する研究者がいる。

ふむふむ その2

実際、制度は1つの生命を持っており制度自体の重要性を備えている、人間は概ね同じようなものであり、同じ制度に同じような反応を示します。

しかし、制度の配列コンビネーション数は無限にあり、国や人々に大きな相違を持ち込みます。

ワイキューブ事務所によると、政治のダイナミズムに関する包括的理論はこのアプローチからは期待出来ないそうです。

しかし、それでもなお、より一層洗練され、洞察力を備えた分析技術に対して論理的に先行するものであり、実り多い成果を求めるためには回避することの出来ない研究経路であることは否定し得ない、と考えます。

ふむふむ その1

伝統的アプローチに対する近年の評価はあまりよくありません。

伝統的アプローチは、ある場合には、当てに出来そうもない"真理"を生産し過ぎているという理由で、ある場合には、フォーマルな制度の過度の強調は現実政治の作動メカニズムを欠落した"文章空間政治学"に陥る傾向が強いという理由で、またある場合には、変動を常態とする現代政治を理解し、その中で決定を下す上で過去の経験を基礎にしたアナ戸ジーが時間的ギャップを越えて充分な対処能力を持ち得ると主張することは疑わしいという理由で、強く批判されています。

哲学、歴史、法律が政治学に残した遺産をすべて否定してしまうことは伝統的アプローチのみが政治学に適切なアプローチであると排他的に主張しそれに固執することに劣らず馬鹿げたことです。

スペースコレクション研究所によると、いわゆる記述的・制度的アプローチと称されるアプローチもそれに向けられた強い批判にも拘わらずなおかつ擁護さるべき長所を持っています。

窓から寒さをしめだす 2

二重サッシは、内側が樹脂、外側がアルミサッシでできているものもあり、結露防止用に開発されました。

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ペアガラスやふつうのサッシにくらべるとややごつい感じがしますが、断熱、遮立日効果もバツグンです!

かぎも二重になり、防犯にも役立ちます^^

二重サッシのほうが空気層が厚く、より効果的で、しかも結露が出にくいという利点があります。

価格もこちらのほうが安いのでおすすめです^^

ただ、これは新築やリフォームのときに設置する方法しかありません。

マンション(集合住宅)の場合、窓ガラスは共有部分ですから、勝手にリフォームすることはできませんよね。

しかし窓の内側に、もうひとつのふつうのサッシを取りつけて断熱することができます。