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2010年11月 アーカイブ

新しいもの古いもの

自然としての人間の衰弱、それをどうやって取り止めるかということが大事かもしれません。

それには中年の団結というようなものが必要なんじゃないかと思いますね。

戦中、戦後のエコロジカルな生活をまだ知っているわれわれの世代の人間が、いまの若者の生活にどんどん押されている。

はやりというものに対して私たちは少しコンプレックスを持ちすぎているのではないか。

若者に対して自信を失いすぎているのではないかと思うんです。

だいたい物を大事にするというのは、私にとっては当たり前のことなんですね。

何でも使える限りは使う。

ところが、こどもたちにとっては、むしろ物はどんどん捨てるのが当たり前になっているわけです。

そう。リサイクルです。

リサイクルトナーなんて分かりやすいリサイクル方法ですよ。

電話してトナーを頼み、使い終わったらまた業者に連絡して、容器だけ渡して中身を入れてまた持ってきてもらう。

業者は手間がかかりますが、ユーザーにとっては待てばいいだけなので楽ちんです。

ふむふむ その8

新しいアプローチへの模索

政治学研究におけるネオ・リアリズムの登場。

彼の主張は政治哲学の演繹的推論や人間は自己の経済的利益を合理的に追求していくという古典的な経済理論からは人間の複雑な政治行動を解明することなど期待出来ないという点にあった。

そのために人間の本性について出来るだけ多くの関連ある測定可能な事実を発見し、それらをすべて政治上の推理に活用出来るよう努力しなければならないと考えた。

もちろん、G.Wallasの心理学への過剰期待と粗雑な方法論は批判されるかもしれません。

しかし、政治過程の理解は個人が政治状況の中で実際どのように行動するかを研究することによってはじめて可能になるという彼が残こしたメッセージの意義はその欠点を差し引いたとしてもなおかつ高く評価されてしかるべきでしょう、「偉大だがあまりにも賞賛を受けることの少なかった人」という事態は絶対に撤回されるべきである。

ふむふむ その9

政治学研究の大転換期の到来をシンボライズするArthur BentleyのThe Processof Governmentもまた、1951年に発表されたDavid B.TrumallのThe Governmental Process:Political Interestand PublicOpin-ionによって意識的に継承されるまで専ら批判の対象となった。

A.Bentleyは政治哲学や記述・形式主義からの離陸を主張し、測定と事実の重視を強調しました。

この考え方の背後にあったのは政治権力の大衆的基盤の拡大とそこから派生する政治の複雑化・巨大化・動態化という政治の現実とフォーマルな三権分立論に依拠した制度的アプローチの説明能力不足という政治学の実状との大きなギャップでした。

彼のプラグマティックなリアリズムは具体的にはミ集団が適切に述べられた時、すべてが語られるミという表現にうかがえます。

ここでは旧来の「個人対国家」から「集団」が研究視座の中。

心に据えられ社会学的方法の採用が示唆されています。

フォーマルな政治制度を無視し、実際的な統治プロセスに研究者の関心を集中させようという彼の主張は静態的な伝統的アプローチが政治研究の主流を占めていた発表時(1908年)そのあまりの斬新さのゆえに無視と批判を生み出しただけでした。

しかし、政治システムのダイナミツクな作動過程の理解が何よりも要請されるに至っている今日では高く評価されています。

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